『多良福』な人々 8
子牛を乗せて、荷馬車は揺れる。
俺と戸田、厨房内でドキドキしている。
なぜかって?
今日は漢がおすすめを聞きに来るからだ。
「林山ぁ、俺緊張してきた。」
「落ち着け、とりあえずいつも通りだ。」
「ご主人様とか言うのかな?」
「おそらくそれは言うだろう。」
「コスプレは?コスプレはしてくるかな?」
「・・・今頃更衣室で着替えてるかもしれないぜ?『戸田さんのためなら』ってな。」
「ちょっとやめろって!!妙にリアルなんだよ!!」
仕事になんて手がつかない。
漢の話題で持ちきりだ。
「まだかなぁ・・・林山ぁ・・・まだかなぁ?」
「今準備しているんだよ。待ってあげなさい。」
俺は知らぬ間に優しいお母さん口調になっていた。
「なんだよその口調・・・あっ!!見て!!誰か厨房に入ってくる!!」
・・・あいつなのか。
あいつが・・・来たのか。
「こっちに近付いてくる!!」
「よし!!戸田!!ここからは怪しまれるから仕事しよう。」
「オッケー!!」
仕事しているふりをするおっさん2人。
誰か近付いてきた。
あと・・・数メートル。
俺は我慢できず、チラッと近付いてくる誰かを見た。
・・・漢だ。
漢だけど・・・あれ?
「林山さん。おはようございます。」
「・・・あぁ。おはよう・・・ってあれ?お前メイドは?」
「いや・・・それが・・・。」
やってきたのはいつもの漢。
「お前『戸田さんのためならメイドになる』って。ほら・・・今日戸田いるよ?」
そう言うと俺は仕事してるふりをする戸田のほうを見る。
戸田も残念そうな顔をしていた。
「いや・・・違うんです。」
「何が違うの?言ってごらんなさい。」
また優しいお母さん口調になった。
「家で準備していたんです。とりあえず化粧だけでもと思って・・・。」
「うんうん。」
「そしたら『仕事行くのにそんな化粧してどうしたの?』って。」
「・・・なるほどね。」
「僕・・・誤魔化そうとしたんです。『たまにはいいかな。』とか『身だしなみはきちんとしないと』とか・・・。」
「・・・それで・・・誤魔化せ・・・なかったと。」
「・・・はい。そしてこの手紙を林山さんに渡して来いって。」
俺は漢が渡してこいと言われた手紙を開いて読んだ。
『林山さん。お元気ですか?弾です。』
・・・でしょうね。
そもそも携帯の時代に手紙って・・・本気で怒っているようだ。
『何を考えているか知らないですけど、漢に変なことさせないでくれる?あんたとバ田・・・追い込みますよ?』
はぁ・・・バ田とはバカな戸田の略ね。
『今度こんなことあったら豚に報告するから。』
はぁ・・・豚とはオーナーのことね。
・・・つまらねぇ。
「漢・・・何でお前は家で準備するんだよ?更衣室ですればよかっただろ?」
「家でしたほうがクオリティ上がると思って。」
「・・・すっげぇ楽しみにしてたのによぉ!!」
久しぶりに声を荒げてしまった。
「・・・今から更衣室で・・・。」
「遅ぇよ!!やるならここに来る前にしとけよ!!」
「・・・はい。」
落ち込む漢。
「おいバ田!!」
「・・・何?」
「お前も何か言ってやれよ!!こいつ・・・本当にどうしようもないよなぁ?」
「いや・・・そこまではないと思います。」
敬語を使うバ田。
「はぁ?お前今更漢の味方になるの?」
「いやいや・・・ちょっと落ち着いて・・・。」
「・・・すっげぇ楽しみにしてたのによぉ!!」
本日2回目。
荒れ狂う俺をよそに漢が戸田に話しかける。
「戸田さん・・・すいません。僕が不甲斐ないばかりに・・・戸田さんの好きなメイドになれなくて・・・。」
「・・・いや、いいって。いいって。いつもの漢で俺はいいと思うよ。」
「・・・戸田・・・さん。」
「俺も悪ノリで見たいって林山に言ったからさぁ・・・悪ぃな。」
「そんな・・・戸田さんが謝ることなんて・・・。」
「俺はメイドより、いつもの通りの漢がいいよ。」
「・・・そんな・・・。」
あらら・・・漢さん・・・顔真っ赤。
「・・・ちょっといい感じのとこ悪いんだけどさぁ・・・どうしてくれるの?この俺の気持ち。」
まだ納得いかない俺。
「林山さん。黙ってください。」
・・・え?
「ちょ・・・」
「本当に・・・空気読めないのですか?」
・・・急にどうした?
「今はあなたの出てくるところじゃないです。いちいち話に入ってこないでください。」
・・・うそ・・・でしょ?
何これ?
ねぇ!!何これ!?
「・・・俺は用無し?」
「・・・。」
・・・シカとされちゃった。
別に・・・傷ついて・・・ないから。
「漢・・・ちょっと林山にキツくねぇ?」
「戸田さん・・・あなたって優しいんですね。」
戸田に優しいんだね。
別に・・・平気だもん。
「戸田さん・・・ちょっと・・・。」
そう言うと漢は戸田の手を取り、休憩所に向かって行く。
・・・どういうこと?
手を取られた戸田は不安そうにこっちを見ている。
頭の中でずっと『ドナドナ・・・ドナドナ・・・』と繰り返し流れていた。
この後・・・どうなるのかなぁ・・・。